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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)8738号 判決

原告

松本正一

被告

株式会社大協警備保障

主文

被告らは、原告に対し、連帯して、金四二二万七五〇〇円及びこれに対する平成八年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金六六八万五〇〇〇円及びこれに対する平成八年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機の表示する信号により交通整理の行われている交差点における普通乗用自動車と普通貨物自動車との衝突事故において、普通乗用自動車の所有者が、普通貨物自動車の運転手に対し、民法七〇九条により、運転手の使用者に対し、民法七一五条により、それぞれ損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含み、( )内に認定に供した証拠を摘示する。)

1  交通事故の発生

(一) 発生日時 平成八年一月二二日午前六時一〇分ごろ

(二) 発生場所 大阪市中央区日本橋二丁目八番二二号先路上

(三) 関係車両1 被告平田英義(以下「被告平田」という。)が運転する普通貨物自動車(登録番号なにわ四四り一一二、以下「被告車」という。)

(四) 関係車両2 原告が所有し、運転する普通乗用自動車(登録番号なにわ三五ろ八七五九、以下「原告車」という。)

2  被告株式会社大協警備保障(以下「被告会社」という。)は被告平田の使用者であり、被告平田は本件事故当時、被告会社の業務執行中であった。

二  争点

1  事故の態様、被告らの責任の有無、過失相殺

(原告の主張)

(一) 被告平田は、対面信号機の信号(以下「対面信号」という。)が赤色であったにもかかわらず、交差点内に進入したため、対面信号が青色で交差点に進入した原告車と衝突したのであって、信号機の信号に従わずに本件事故を発生させた過失があるから、民法七〇九条により、原告が被った損害を賠償する責任がある。

(二) 被告平田は被告会社の従業員で、本件事故は、被告平田が被告会社の業務を執行中に、被告平田の過失により発生したのであるから、被告会社は、民法七一五条一項により、原告が被った損害を賠償する責任がある。

(被告会社及び被告平田の主張)

被告平田は本件交差点直前で対面信号が青色から黄色に変わったがそのまま進入したところ、原告が、対面信号が赤色であるにもかかわらず、急発進して交差点に進入したため、被告車と衝突したものであって、被告平田に過失はないか、仮に過失が存在しても非常に小さい。

2  損害

(一) 車両損害 三七五万〇〇〇〇円

原告車は本件事故により全損し、時価額相当の損害が発生した。

(二) 代車費用 一八〇万〇〇〇〇円

全損の場合、代車期間は再調達期間とされるところ、原告車はベンツであって、再調達には二か月を要する。

(三) レッカー費用 六万〇〇〇〇円

(四) 保管料 四五万五〇〇〇円

本件事故日である平成八年一月から平成九年四月まで、原告車を寺野自動車で保管し、保管料として月額三万五〇〇〇円を要した。

(五) 廃車登録費用 二万〇〇〇〇円

(六) 弁護士費用 六〇万〇〇〇〇円

第三争点に対する判断

一  事故の態様、被告らの責任の有無及び過失割合

1  証拠(甲第一、第八の二から四まで、第九、第一三、丙第五、検甲第一、検丙第一から第七まで、原告、被告平田英義、弁論の全趣旨)によれば、

本件事故現場は、歩車道の区別がある、ほぼ南北に伸びる北行き一方通行の五車線の道路(以下「南北道路」という。)と東西に伸びる東行き一方通行の道路(以下「東西道路」という。)とによって形成される十字型交差点内であって、信号機の表示する信号により交通整理が行われていたこと、南北道路の幅員は約一五・五メートル、東西道路の幅員は約四・七メートル(路側帯部分両側三メートルを除く)で、最高速度は法定速度に制限され、進路前方の見通しは良いが、左右は悪いこと、本件事故現場付近は市街地であり、本件交差点付近はやや明るく、付近の道路はアスファルト舖装され、平坦で、本件当時は乾燥していたこと、本件交差点西詰めには一時停止すべきことが規制標識及び停止線の指示表示によって指定されていたこと、本件事故当時、本件交差点の南東角は建設工事のため高いフェンスが設けられていたため、東西道路の西詰めで停止した車両からは南北道路の南方の見通しが悪かったこと、

原告は、原告車(左ハンドル車、車長五・一メートル、車幅一・八二メートル、窓にはダークブラウンのシールが貼付されていた)を運転して、大阪市宗右衛門町を出発し同市住吉区我孫子所在の会社に出勤する途中で、東西道路を東進して本件交差点に至り、対面信号機の信号が赤色であったので、停止したが、本件交差点南東角のフェンスのため、南北道路の南側の見通しが悪かったので、東西道路の本件交差点の西詰めの停止線を超え、本件交差点の北西に設置された南北道路用の信号機が見える別紙図面〈ア〉まで移動したこと、

原告は、その後、本件交差点の北西に設置された南北道路用の信号機の信号が赤色になったのを確認し、本件交差点に進入したが、その際、被告車を認めていなかったこと、交差点に進入し、〈ア〉から一五・八メートル進んだ〈イ〉で〈1〉の被告車を発見したこと、

原告車は〈イ〉から〇・六メートル進んだ〈ウ〉で〈2〉の被告車と〈×〉で衝突し、原告車は〈エ〉で信号柱に、被告車は〈3〉で建物のシャッターにそれぞれ衝突して停止したこと、

被告平田は、本件事故の約一か月前に免許を取得し、被告車を運転し、新今宮所在の西成センターで被告会社が雇った日雇いの労働者一名を乗せ、午前六時ごろ同所を出発して伊丹の現場に向かう途中であったが、目的地である現場を知らなかったため、途中で業者と待ち合わせる必要があった上、出発が遅れていたこと、本件事故現場付近では時速約七〇キロメートルで第四車線を北進走行していたこと、被告車の先行車はほとんどなかったこと、

被告平田は、本件交差点手前で、約七一メートル前方の原告車が交差点の停止線から車体の半分以上出して停止しているのを発見し、原告車がライトを消し、スモールランプも消え、運転席の人影も目に入らなかったため、当時の時間から路上駐車車両ではないかと考えたこと、

被告平田は、本件交差点の手前で対面信号が黄色に変わったが、そのまま本件交差点を通り過ぎようと考え、進行したところ、原告車が交差点内に進行してきたのを発見し、急ブレーキをかけ、右にハンドルを切ったが、原告車右側ドア付近と被告車とが衝突したこと、

本件事故直後、原告は原告車から降車して被告車のところに赴き、「赤やろが」と告げたところ、被告平田は、原告が指さした信号機の信号が赤色であったことや気が動転していたため、謝罪したが、その後、黄色で進入した旨を主張していること、

本件事故当時、原告車の後方に停止していた車両の運転手である原田守(以下「原田」という。)は平成八年三月二五日に実施された実況見分において、対面信号が赤色で停止し、青色になるのと同時に原告車が発進し、原告車が約一九メートル進んだ地点で被告車と衝突した旨、その間、原田は発進せず、東西道路の本件交差点の西詰めの停止線の西側で停止したままであった旨指示説明していること、原田の停止していた位置から見ると、原告車と被告車との衝突地点及び対面信号機のいずれもが、ほぼ正面に位置していること等の事実を認めることができる。

2  前記1の事実によれば、

原田は、原告車が対面信号が青色になってから原告車が発車した旨指示説明しているところ、右の指示説明が本件事故後約二か月後に行われていること、原告車が約一九メートル進んだ地点で被告車と衝突した時点において、原田がまだ発進していなかったこと等を勘案しても、原田の停止していた位置から見て、本件事故発生の直前ないし直後に原田が目にした対面信号は青色であったものと推認することができ、これに加えて、被告平田が、本件事故当時、目的地を知らず、待ち合わせの必要があったところ、出発の時間も遅れ、南北道路の法定最高速度を上回る時速約七〇キロメートルで走行し、本件交差点手前で対面信号が黄色に変わったのを確認していたことや、原告車を路上駐車車両と考え、交差点内に進入してくるとは考えていなかったことが窺われることをも併せ考えると、被告平田が本件交差点に進入する時点で、その対面信号は赤色であったと考えられ、そうとすると、被告平田は、信号機の表示する信号に従って走行すべき注意義務を怠った過失があるといわざるを得ず、民法七〇九条により、原告が被った損害を賠償する責任がある。

被告らは、原告が本件交差点に進入する時点で、その対面信号は赤色であった旨主張し、証拠(丙第五、被告平田)中にはこれに沿う部分があるけれども、右に認定した事実に照らし、いずれもこれを採用することができず、他に被告ら主張に係る右事実を認めるに足りる証拠はない。

右の事実を前提にすれば、原告は、信号機の表示する信号により交通整理が行われている交差点において、対面信号機の青色表示にしたがって進行したのであるから、特段の事情のない限り、交差道路から赤信号を無視して進入してくる車両のあることまで予め予見する注意義務までは負担するものではないところ、被告車が時速約七〇キロメートルで走行していたことや原告車が発進後衝突地点まで走行した距離等を勘案すれば、右特段の事情があるとはいえず、原告に本件事故発生につき過失を認めることはできないといわざるを得ない。

3  前記争いのない事実によれば、被告会社は被告平田の使用者であって、被告平田は、本件事故当時、被告会社の業務を執行中であったのだから、被告会社は、被告平田がその過失により原告に加えた損害につき、被告平田と共に不真正連帯債務者としての責任を負う。

二  損害

1  車両損害 三七五万〇〇〇〇円

前記一の事実及び証拠(甲第四、第五、第一一、検甲第一、丙第三、原告)並びに弁論の全趣旨によれば、原告車は、平成元年四月に初年度登録をしたメルセデスベンツで、新車価格は一二六五万円であり、原告が原告の父親から譲り受けたものであり、本件事故により、フロントガラス及び右前ドアガラス破損、右前フェンダー及び右側前後のドア凹曲損、擦過、フロントバンパー・ラジエターグリル・ボンネット先端破損等の損傷が生じたこと、大阪市住吉区において、板金・塗装・修浬、保険代理店等をしているカーメイク寺野こと寺野豊(以下「寺野」という。)は、原告車につき、エンジン等まで損傷があり、一見して修理不能である旨の文書を作成したこと、原告車につき道路運送車両法一六条によるまつ消登録がされたこと、平成八年二月当時、同一の車種、年式、型の自動車を中古市場に置いて取得するには概ね三七五万円を要したこと等の事実を認めることができ、右の事実によれば、原告車は本件事故により全損となる損傷が生じ、原告は三七五万円の損害を被ったものというべきである。

なお、被告らは、寺野は原告車が全損である旨の証明書を作成しているが、同人は原告と人的なつながりがあるから、その証明書は信用できない旨、原告が本件事故後も原告車を保管して廃車扱いにせず、道路運送車両法一六条のまつ消登録をしたに過ぎないこと、本件事故後の原告車を撮影した検甲第一号証は本件事故後一年あまり経過した後に撮影されたものであって原告車の事故後の状態とは異なるから、原告車は全損状態ではない旨反論し、証拠(検甲第一、原告)によれば、原告車につき道路運送車両法一六条のまつ消登録がされていること、寺野は原告の父親の代から原告と付き合いがあった者であり、検甲第一号証は平成九年三月二五日に、寺野が原告車を撮影したものであること等の事実が認められるけれども、検甲第一号証により認められる原告車の損傷状況は、ハンドル付近のメーターパネル等の内装品についてはともかく、少なくとも、被告車と衝突した車体の右部、信号柱と衝突した前部については、本件事故による損傷状況と一致していると認められるし、また、寺野の作成した証明書は極めて簡単なものではあるが、その記載内容は、損傷がエンジンに及んでいるという寺野の主観によって左右することができない事実を含んでおり、少なくともその部分についてはこれを採用することができるというべきである。また、原告が、原告車をその父親から譲り受けたこと、原告車はメルセデスベンツの中でも高級なものであることに照らせば、原告が原告車を直ちに廃車にせず、保管を続けたことをもって、原告車が全損である旨の前記認定を妨げるものではない。

2  代車費用 〇円

原告は、本件事故により原告車が破損し、代車料を要した旨主張するけれども、原告が代車料を現に支出したことを認めるに足りる証拠がない。

3  レッカー費用 六万〇〇〇〇円

証拠(甲第一〇の一及び二)によれば、原告は、レッカー費用として六万円を要したことを認めることができる。

4  保管料 一万七五〇〇円

原告は、本件事故日である平成八年一月から平成九年四月まで、原告車を寺野自動車で保管し、保管料として月額三万五〇〇〇円を要した旨主張し、証拠(甲第一〇の一及び二、第一二)中には、寺野が、原告車を保管し、保管費用として一か月当たり三万五〇〇〇円、合計四五万五〇〇〇円を原告に対し請求していること等の原告の主張に沿う事実が認められるけれども、原告車が全損になった旨主張している本件においては、事故と相当因果関係がある保管料として認められる範囲は、特段の事情のない限り、原告車につき、これを廃車にするか否かを考慮するのに必要な相当の期間内のものに限られるというべきであり、原告とつき合いのある寺野が、原告車につき、一見して修理不能である旨の文書を作成していることに照らせば、原告車は原告が父親から譲り受けたものであることを勘案しても、概ね二週間程度で右判断は可能というべきであり、本件事故との間に相当因果関係のある保管料については一万七五〇〇円をもって相当と解する。

5  廃車登録費用 二万〇〇〇〇円

証拠(甲第四、第一〇の一及び二、丙第三、原告)によれば、原告車につき道路運送車両法一六条によるまつ消登録がされたこと、右登録を寺野が行い、原告に対し、その費用として二万円を請求していること等の事実を認めることができ、右の事実によれば、原告が原告車の廃車登録費用として二万円を要したことを認めることができる。

三  弁護士費用

本件事案の性質、認容額その他諸般の事情を考慮すると、原告の弁護士費用は三八万円とするのが相当である。

四  以上のとおりであって、原告の被告会社及び被告平田に対する請求は四二二万七五〇〇円及びこれに対する平成八年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石原寿記)

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